文楽人形の最大の特徴は一体の人形を三人で操るという、世界に類のな い様式にあります。文楽の海外公演でも、これが最も興味をもたれた点 で、人々はその巧妙な動きを見て、きっと体内には複雑な仕掛けがある にちがいないと考え、実際には胴の中が空であるのを知って、改めて感 心したといいます。 三人遣いは、“主遣い”が左手で首の胴串を握って人形全体をささえ 右手で人形の右手を操作、“左遣い”が右手で人形の左手を遣い、“足 遣い”が両手で人形の両足を操るものですが、三人の気持ちがぴったり あわねば、人形の動きはばらばらになって、とても生きているようには みえません。 主遣いは足遣いの姿勢が楽なように、舞台下駄という特殊な下駄をはき ます。人形の背丈は、大きいもので1m50、小さいのは1m30ぐらいで 下駄の高さも人形の大きさや、そのほかの条件で20センチから50セン チぐらいまで種々あります。下駄とはいっても箱のようなもので、底に は滑り止めにワラジが一足ずつ張ってあり、上には太い鼻緒がついてい ます。 人形の首は木彫りで中空になっており、首の下に胴串がついていて、 これを人形の肩板の穴に通して遣います。 三人遣いは吉田文三郎によって考案されたといわれていますが、その 結果、人形遣いの姿が観客の前にさらされることになりました。三人遣 いの場合は、一体の人形に三人ずつも出るので、第一に鑑賞の邪魔にな ります。そこで考え出したのが“黒衣(くろご)”でした。もともと黒 は無であるという観念から発したもので、黒い着物に黒い頭巾をかぶる ことによって、人形遣いの姿は消えたのと同じという思想です。これは 実に東洋的な発想ですが、文楽の舞台ではみごとに実を結んでいるとい えましょう。したがって文楽では、黒衣で遣うのが原則なのです。 人形の動きには基本的なパターンがあって、それぞれの曲については それらの組あわせで処理されます。もちろん、役によっては独特の型も ないわけではありませんが、いずれにしても人形の楽しさは、人形のよ うに自由に動き、生きているように見えることで、さらに人形ならでは の美しい形をみせてくれるときでしょう。 男の人形では“団七走り”というような豪快な演技がありますし、女 の人形では“うしろぶり”にとどめをさします。実際、うしろぶりにみ る人形の後ろ姿の美しさはとうてい人間には表現しえぬところです。 もう一つの人形の魅力は、役柄との完全な一致でしょう。人間の俳優 の場合は、いくら名優でも年齢は隠しきれませんし、場合によってはま ったく柄ちがいの役をもつとめねばなりません。しかし、人形の場合は 少なくとも視覚的には矛盾するところは少しもないといえます。 文楽人形のおもしろさ、木でできた人形が、まるで血が通っているよ うに怒り、悲しみ、喜び、活躍するところにあります。そのためには人 形遣いの三人が一心同体になって働くことが絶対条件であり、そうなる と三人の人形遣いの姿が、いつのまにか観客の前から消え去って、人形 が独りで動いているように見えてきます。そして人間の俳優よりも、も っと純粋な、人間にはとうていあらわしえないような美の世界え惹き入 れてくれるのです。 山田庄一『文楽入門』参照