『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)』
お染め・久松
四世 長谷川 貞信 作


中世芸能の能、狂言などは、当時の寺院または武家の保護を受けて発展
してきたものです。それに対して浄瑠璃、歌舞伎などの近世芸能は寺院
や武家の保護によることなく、興行によって、いいかえると観客の支払
う入場料によって芸能を維持して来ました。その中の一つに文楽があり
ます。文楽はもともと、この人形劇を上演する劇場の名前だったのです
が、いつのまにかその芸能そのものをさすようになり、現在では正式の
呼称として使われるようにになりました。『文楽』がこの名で呼ばれる
ようになったのは、明治の終わりごろ以降で、それまでは『操り浄瑠璃
芝居』『人形浄瑠璃』といいました。               
文楽が世界に誇れる芸術と言われるのは、地の音楽『浄瑠璃』と独特の
『人形』操法、一体の人形を三人がかりで動かす“三人遣い”の様式に
帰します。又、扱われる物語の内容が代表される『近松門左衛門』“
曽根崎心中”のように、一日がかりのシリアルな長いドラマで展開する
もので、他の国では類のないものを扱っている点です。さらに文楽は、
他の人形劇とちがい、人形遣いが堂々と観客の前に登場します。ときに
は肩衣を着けた正装であらわれるのです。             
世界のほかの人形劇とまったく対照的な二つの特徴こそ、文楽が最も高
度に発達した人形芸術である証拠といえましょう。         
                    山田庄一『文楽入門』参照